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とらっくばっく

2008-11-19

[]幻想時間を使いすぎると人生が消費される。人生根底から豊かで納得のいくものにしてくれる良書5冊を紹介



人間は、好きなことを思い描き、夢を見、信じることが出来る。


わたしは心地よく眠っている人を無理に起こそうとは思わない。目が覚めた後の彼の、今日という一日がどんなに素晴らしいものになるか分かっているとしても、彼は今すぐに起きる必要はないのだ。遅くに起きようと、今日の活動時間たっぷりとある。実際の所、時間無限にある。


この世には様々な思想、思考、情報が溢れている。それらは無数の多様性と複雑さを以てあなたの思考を刺激し、楽しませる。しかしそれらの殆ど全ては、どれほどの時間と労力をかけてそれらを理解し、組み合わせ、発展させていったところで

存在の究極の原因・意義は何か、私とは何か」

という問いに対する完全な回答には至らないものばかりである。


わたしはこの記事やこの記事で紹介する本を、多くの人が読むべきだとは思わない。人はその時が来れば自然に目覚めるのであるし、無理に起こそうとしたところで、頑なに今見ている夢にしがみついて目覚めるのを拒むだけだ。

多くの人にとってこれらの本の内容を理解することより、現在自分が信じている事、見ている夢を守ることのほうが大切だ。だからそういった人が仮にこれらの本を読むことになったとしても、その際に取るべき態度は無関心と否定である。具体的には、これらの本の内容を自分が理解出来ない理由、理解しなくてよい理由、理解すべきでない理由、そしてこれらの内容が間違いである理由を無数に準備して、自分に説いて聞かせながら読むのである。さらにまた、自分自身の理解力を意図的に低下させつつ読むのである。なぜならば、感情によって既に結論は出ているからである。すなわち

「これらの内容は間違いである。少なくとも今自分が理解する必要はない」

と。

なぜそのような結論が出ているのかといえば、これらの本の内容を理解してしまうと

自分存在を信じている世界は実際は存在しない。そればかりか、当然に存在しているはずであった自分自身さえも、実際は存在していない。」

ということを理解してしまうからである。

これらのことをただのアイデア、考えとして眺めている分には何の問題もない。しかし、実際にそれらが事実であるということを自分が本当に理解してしまうとなると話は別である。これは自我にとっての恐怖である。鏡を見たら自分だけが映っていなかったという場合の恐怖を、何倍にもしたような恐怖である。何しろ自己存在していないのだ。


自我が嫌うものは変化である。多くの人にとって、自分が信じていたものが誤りであったことを知ることは、死ぬ事以上の苦痛であり、恐怖である。従って自我は、あらゆる力を動員して、その状況を避けようとする。顕在意識に悟られぬよう、それでいて顕在意識自分の判断は誠実である」という自負を崩さぬよう。そのためにまずは

「これらの内容は間違いである。少なくとも今自分が理解する必要はない」

という感情的結論を準備し、その結論が導き出されるあらゆる正当な論理的理由を、その都度記憶の中の情報を組み合わせて構築してゆくのだ。

このようにして、

「私は誠実に慎重にこれらの本の内容を吟味し、その結果としてこれらの本の内容は誤りであるか、少なくとも今の自分にとっては無価値であるという結論を得た。」

という自覚を顕在意識に与えることに成功する。自我の恐怖は無自覚のまま潜在化しつつも、これまでの自己思想を守ることができ、又、先に結論を準備し、そのフィルターを通して内容を捉えたという自己の欺瞞にも顕在意識が気付かないでいることができる。この欺瞞とはつまり、まずAという理論採用し、次にBという理論を見た際に、それがAと矛盾するからという理由で否定することである。「先に見たから」という理由でAを真とし「後から見た」Bを偽とするのは、利便性には優れるが、真実への判断の態度としては不誠実である。しかしこの不誠実さの上に、感情によって先行した判断を補強する論理的理由は築かれていく。これが自我による自己防衛機構である。そしてまた、不安を永続させる機構である。


ではこのような防衛機構を乗り越えてまで、これらの本の内容を理解すると何が得られるのであろうか。それは

真理の理解、神の平安、完全な愛」

である。この一文を見た瞬間にあなたの自我はもう、

「これらの内容は間違いである。少なくとも今自分が理解する必要はない」

という感情的結論を出したのではないだろうか。そしてこの先の文章を読むこともなくブラウザを閉じるなり、他のページを見るなりするだろう。それを正当化するために後付けされた論理的理由の一つは、「時間無駄だから」である。そしてその根拠は「過去経験という記憶」を組み合わせて作られた、「先に見ていた理論」を通して導き出されたものだ。こうして自我は自らの夢と幻想を守ることに成功する。

このように自我自己防衛機構が働いていることは別に悪いことではない。そして、先ほど私が指摘したそこに潜む自己の欺瞞を恐れ、無理にこれから紹介する本を読んだところで、やはりその防衛機構が働き、本の内容を意図的に理解しないということになりかねない。それこそ時間無駄であろう。また、詐欺師に騙されないためにも、防衛機構は有用だ。新しいものは全て拒絶することにしておけば、今より良くなることは無いけれど、今より悪くなることもない。迂闊に検討するだけでも何か間違いが起きるかもしれないし、検討するにも時間はかかる。なにより、今より良いものなどそうそう無いのだ。現状に充分満足しているのなら、無駄にリスクを取る必要は無い。さあ、これであなたがこれ以降の記事や、紹介する本を読まなくて良い十分な合理的理由が出来た。安心してブラウザを閉じて頂こう。先ほど言った様に、まだ寝ていても大丈夫だ。




それでも私が紹介する本を読もうという人は、多くのものを得るかもしれない。先ほど紹介した

真理の理解、神の平安、完全な愛」

という報酬は絶大である。まさしく報酬として最大である。人生根底から豊かで納得のいくものにしてくれることは疑うべくもない。ただしこの報酬は、「本を読む」ことによってではなく、「本の内容を理解する」ことによって得られるものである。本には文字が印刷されており、文字は言葉を表している。しかし、言葉それ自体は何の意味も持ってはいない。従って、ただ文字を読んだだけでは何も得るものはなく、その言葉が表現しようとした内容を把握して始めて、何かを得ることができる。

言葉に込められる内容の密度は、ゼロから無限にまで変化する。そこで、文章の密度に応じて、それに適した読み方は異なってくる。殆ど意味の無い文章を読むにはただ目線を走らせればよいが、深遠な意味を持つ文章を理解するためには、相応の読み方をしなければならない。ここにそのような文章の読み方に関する、一冊目に紹介する本の中の一節を紹介しよう。


スリ・ユクテスワは、聖典の教え方に関する彼自身の体験談を語ってくれた。所は東ベンガルの森の中の僧院で、彼はそこで著名な教師ダブル・バラヴの教授法を見学した。それは一見単純ではあるがむずかしい方法で、古代インドではふつうに行われていた教授法である。

ダブル・バラヴは、生徒たちを森の静かな場所に集めてすわっていた。彼らの前には、聖典バガヴァッド・ギーターが開かれていた。彼らは三十分間、一つのページにじっと目を注いでいた。それから目を閉じた。こうしてまた三十分が過ぎた。すると先生は短い注釈をほどこした。彼らは身動きもせずに、また一時間瞑想した。そして最後に先生が言った。

「どうだ、この一節の意味がわかったかね?」

「はい、わかりました、先生」生徒の一人が答えた。

「いやいや、まだ十分にはわかっていない。これらの言葉の中には、幾世紀にもわたってインドをたえず若返らせてきた霊的活力が秘められている。それを探しなさい」

沈黙のうちにまた一時間が過ぎた。ダブル・バラヴは生徒たちを解散させると、スリ・ユクテスワに向かって尋ねた。

「あなたはバガヴァット・ギーターをご存知ですか?」

「いいえ、まだほんとうには・・・。目と心では何度も読んだことがありますが」

「この問いに対して、わたしは十人十色の答えを聞きました」

偉大な賢者は、スリ・ユクテスワを祝福しながらほほえんだ。

聖典の表面的な言葉をただ数多く覚え込むことにのみ熱中していると、内なる真の宝を瞑想静寂の中に探り出す余裕がなくなってしまいます」

密度が濃い文章を読む際の参考にしてほしい。


さて、まず紹介するこの一冊目は

あるヨギの自叙伝

あるヨギの自叙伝


である。

この本は読み物として書かれたあるインド人の自伝であり、写真と解説付きで著者の体験と出来事が書かれているだけであるので、先ほどの聖典の例のように手の込んだ読み方をする必要はまったくない。気軽にすらすら読んでいくことができる。内容の真偽などさほど気にせず、楽しい物語として読めばいい。それでも、2冊目以降を読んでいく際の助けとなる知識的心理的土壌が準備されるのではないだろうか。もちろん、この本自体からも多くを得られるだろうし、また、この後に2冊目を読まず、ここから関連する他の本を読んでいってもいい。これは、様々な意味での導入となる本である。


2冊目と3冊目は一続きの本で、

解脱の真理 改訂版―ヒマラヤ大師の教え

解脱の真理 改訂版―ヒマラヤ大師の教え

である。

これらの本の内容の半分は著者の体験談であり、もう半分が自我を理解するための説明となっている。すなわち、自我の正体は過去記憶とその反射応答であることを理解し、それを超えて永遠なる現在に至ることがこの本の目的である。これらの言葉には何の意味もないが、その内容を理解することには無限価値に繋がる。尚、こういった内容はどうしても翻訳による誤差が大きくなるため、原文を読めるに越したことはない。幸い原文は公開されているので合わせて紹介する。

BEYOND THE HIMALAYAS

解脱真理の原文

The Yoga of the Christ

解脱真理完結編の原文である。

尚、これらの本はアマゾンでは何故か頻繁に販売が中止になるが、出版自体は続いている。

セブンアンドワイでは取り扱っているなどという場合があるので、他の本も無い場合は確認してほしい。


4冊目は、いわゆる聖典のような内容の本である。

心身の神癒―主、再び語り給う

心身の神癒―主、再び語り給う

前書きの部分を除き、文章の内容密度は極大である。しかしそれだけに、普通に読んでもその内容を殆ど把握できない可能性もある。これもできれば原文で読むことを薦める。

Divine Healing of Mind & Body

Divine Healing of Mind & Body

もちろん日本語訳でも多くのものが得られるだろうが。

一旦通読してからも、音読する、一文読む毎に瞑想する、100回繰り返して読む、写本する、などあらゆる手段を使ってその深い内容を理解しようと努める価値がある。

私がこの本を読む場合も、その際の自分意識の状態によって得られるものが全く違ってくる。例えば普通の本を読む時のような意識でこの本を読むと

「ふーんなかなかいいこと書いてあるなー。確かにそうだよなー。へーそうなんだー。」

というような軽い感想を持つくらいである。しかし、非常に静かな集中力と、鋭敏な感受性を備えた状態で読むと、

「なんだこれは!」

と、一行読んだだけでそのあまりの内容に圧倒され、感動の涙と嗚咽で1ページを読み進めることも出来なくなることがある。しかし翌日落ち着いて同じ箇所を普通に読んでみると、

「昨日感動したこの文章の凄さをぜんぜん感じられないぞ?」

と、あっさり読み進んでしまったりする。

結局、聖典の文にせよ、日々昇り行く太陽にしても、今自分が生きているという奇跡についても、その深い意義や意味について常に把握できる意識状態でいることは難しいということだ。そこで内容をより深く理解するためには、そうしようと努めることが必要になってくる。この前に紹介した3冊を読むことは、その助けとなるだろう。そのようにして読んでいっても、1年後にまた読み返せば、そこに以前はまったく気付かなかった多くの内容があることに気付くだろう。これはそういう内容の本である。



最後に紹介する本は、3つの独立した部分に分かれている。その構成は本文、生徒用演習、教師用マニュアル、となっており、自学自習できるようにと意図されている。特に演習部は、易しい課題から順番にこなしていけば内容の理解が深まるように構成されている。英語に抵抗がなければ、これまで紹介した4冊を読まなくても、ひたすらこの一冊を理解しようと努めれば目的は達成できるだろう。日本語訳は現在のところ本文部分のみ刊行されている。

A Course in Miracles: Combined Volume

A Course in Miracles: Combined Volume

これは私が現在知る中で、最大の本である。

尚、この本の初版の著作権は開放されており、原文も公開されているので紹介する。

A Course In Miracles Online ~ Searchable Urtext Version

また、幸いこの本に関連する幾つかの本は日本語でも出ている。それも合わせて、下の紹介記事を参考にされてはどうだろうか。

ACIMという不思議なテキストについて アンカテ


幻想継続させる書籍」と「幻想を終了させる書籍」の落差は、一般的な書籍間の落差では表すことはできない。通常の本をたとえ100万冊読んだところで、A Course in Miracles: Combined Volume 一冊を理解することには遠く及ばない。何事についても、その本質を把握しないことを前提とした議論と、その本質を把握するための議論は、比較のしようがない。

究極の問いとしての

あなたはどこからきたのか?

に対して、人は論考によらず、直接に回答を把握しなければならない。なぜならそれは、論理も、言語も、思考をも超えたものだからである。


とはいえ、幻想探検もまた大変楽しいものである。また、一度目が覚めた後、それが夢だと分かっている安心感と共に再度夢を見るのも大変楽しいものである。今すぐ起きる必要もないのであるし、どうせ夢を見るのであれば、なるべく楽しく豊かな夢になるようにしていこうではなか。


ネットに時間を使いすぎると人生が破壊される。人生を根底から豊かで納得のいくものにしてくれる25冊を紹介 分裂勘違い君劇場

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