Hatena::Groupiwake

とらっくばっく

2007-03-19人間が生まれ、死ぬ理由

人間が生まれ、死ぬ理由(わけ)を教えなさい!

http://anond.hatelabo.jp/20070312014115


私の人生は私のためにあるのだろうか。それとも誰かのために用意されたのだろうか。例えば高い場所から見下ろす誰かのために...


あなたにも個別の意識がある以上、あなたの人生はあなたの為にあるともいえる。どんなものでも、誰の為にあるとでもいえる。あなたの人生はあなたの人生認識する誰かのためにあるともいえる。太陽はあなたの為に輝いているともいえるし、太陽自身の為に輝いているともいえるし、誰かの為に輝いている訳ではないともいえる。ただし、太陽はあなただけの為に輝いているとはいえないだろう。ではあなたの人生は、あなたの人生存在させるために必要なすべての能力を持ったある存在が、あなた以外の誰かの為に用意したといえるだろうか。


科学やら何やらが発達して、あらゆることを知り、作ることができるようになったが、肝心なことだけは未だに分からない。


今までに科学が知ることが出来たのは、外側の世界に関しての、それもごく一部だけだ。それに、自分の外側をいくら探求しても、自分自身についての真の理解が深まることはない。私とは何か、ではなく、私を外界はどう解釈するか、に関する知識が増えるだけだ。


本当に知りたいと思うことに限って答えが用意されていない。まるで誰かに都合の悪い情報だけ故意に隠されているように。


これは故意に隠されている。


もし人類を設計した存在がいる(いた)として、その存在は我々に何を期待しているのだろうか。

その何者かによる期待は現在、何らかの形で実現できているのだろうか。


設計者はいる。

また、設計者が我々に何を期待しているかは、「我々が何をしたいと感じるか」を観察することにより、知ることが出来る。

設計者が十分な能力を持っていると仮定する。(設計者がどれほど凄い能力を持っているかは、この宇宙を見れば分かってもらえると思うが。)そして設計者が、例えば意識をもつ存在Aを創造する際に、AにはBという行動をして欲しいと期待したとしよう。その場合設計者は、AがBをしたくなるように設計するだろう。もしAには絶対にBをして欲しいと思うなら、AはBをしなければ消滅してしまうように設計すればいいだけだ。

つまり設計者はあなたに、何としても呼吸をして欲しいし、かなりの強さで異性を求めて欲しいし、時には自分が生まれ、死ぬ理由を考えて欲しがっている。

設計者による期待は、過去現在未来において完全に実現されている。なぜなら設計者の期待しない事柄は起こらないからだ。

これは運命決定論に聞こえ、自由意志の否定に思われるだろうか。しかし、全てが決まっていることと、あなたが何でも自由に出来ることは矛盾しない。それは単に見方が違うだけだ。


また、人類が生き、子孫を残すことについて理由など存在しない、という可能性もある。


どんなことにも原因はあるが、究極的にはどんなことにも意味はない。これについては、

絶望回路のその先へ http://iwake.g.hatena.ne.jp/IWAKE/20061103

を読んでいただきたい。


宇宙について研究する学者の中には、約50億年後、太陽は膨張し地球を飲み込んでしまうと言う者がいる。

飲み込まれないとしても太陽現在と同じ役割を果たせなくなり、どちらにしても現在人類のままでは完全に絶滅するだろう。

実際に地球上で人類をはじめとする生物が生息できるのは、残り約20億年もないという意見もある。

その人類の危機が到来するまでに、他の星(惑星)に移住、もしくは宇宙空間で暮らす技術が登場したとしても、

そのまま人類永遠に生存していけるとは言えない。地球で生きられなくなるのと同様の問題がそこでも起こる可能性がある。


人類絶滅の可能性については

シミュレーション・アーギュメントとオメガポイントについて

http://transact.seesaa.net/article/24590167.html

意識が消滅するという仮定が無謀な件

http://iwake.g.hatena.ne.jp/IWAKE/20061102

等を読んでみてはどうだろうか。人類絶滅する可能性は0である。


この世から人類が完全に消え去るということは、これまでの歴史すべてがゼロになるということである。

もし我々が生きることに何らかの意志が関係し、意志の持ち主が存在するとするならば、人類を滅ぼすような選択はしないのではないか。

人類が完全に消え去った時、それは人類生きることに理由などなく、何者かの意志も関わっていないという答えになる。


存在の真の性質上、通常認識される時間というものは存在せず、過去未来もない。

一瞬存在することと、永遠存在することは本質的に同じことだ。宇宙燃え尽きても人類歴史ゼロにならない。かつて存在したもので失われるものは一つもない。


私は今、知りたい。人類誕生の理由、そして死ぬ理由を。また、なぜそのように設計されているのか、それを設計したのは誰なのかを。


言葉で端的に言ってしまえばそれは探求のためだ。しかしこれらのことを深く知るためには言葉によってではなく、直接に知るしかない。特に設計者が誰なのかについては、最も言語が及ばない領域だ。あなたもまた設計者であるのだが、このことの理解が全ての疑問への鍵となるだろう。

繰り返すが、本当に知るためには探求の矛先を自分自身の内側に向けて、直接に知るしかない。そのための手引きとして参考図書を挙げる。


あるヨギの自叙伝 http://www.amazon.co.jp/dp/4627999313

解脱の真理 http://www.amazon.co.jp/dp/4760500243/

解脱の真理 完結編 http://www.amazon.co.jp/dp/4915497070/



上から順に読むと読みやすいだろう。

本当に知りたいのであれば、健闘を祈る。


しかし、それほど肩肘張らずに、のんびりとやっていくのもいいだろう。日々の小さな出来事にも喜びを見出し、毎瞬毎瞬を楽しんで生活してほしい。真理は逃げも隠れもせず、あなたに発見されるまで待っていてくれるのだから。


何者の意思が根底にあるのか


それが唯一の実在としての愛であることを、いずれ理解できるだろう。


例えばこの曲の底に流れる本質、バッハがこの曲を通して表現しようとした事の本質、に意識を向けていくと、ヒントが得られるかもしれない。

Jesu Joy of Man's Desiring  http://www.youtube.com/watch?v=iPeVIuRjUi4



最後に、なぜ言語では理解出来ないのかを少し説明しよう。

例えば、砂糖は甘い、ということを、生まれてから一度も甘いものを食べたことが無い人に、言語で説明することは難しいだろう。砂糖を食べるとどんな味がするのかは、言語による説明で理解することは出来ず、直接に体験することを通して知るしかない。甘い、というのはどういうことなのか説明しようとして、頬が落ちるようだとか舌がとろけるようだとか言ったところで、相手は甘いとはどういうことかを知ることは出来ず、ただ甘いとはどんな感じなのかを勝手に想像するだけだ。

砂糖の味ですらそうなのだから、全世界の究極的原因が何であるのかを、言語による説明で理解しようとすることが、どれほど無謀であるかが分かってもらえただろうか。

実在としての愛、と言ったところで、それが何であるのかをこれまでに体験して知っている人でなければ、それはただの意味不明な単語に映るか、もしくはそれに勝手な意味づけをして解釈するだけだ。

このように、ある種の物事は言語での説明が不可能であるし、今話題にしている、五感や時間や通常の思考を超えた事柄に関しては特に、有効な例えも出来ないので、ただ直接に体験することにより知ってもらうしかない。

先ほど挙げた音楽にしても、砂糖の匂いを一瞬だけ嗅ぐことが出来るかもしれない、という程度のものだ。砂糖の味を少し正確に想像する助けになるかもしれないが、味を理解することにはならない。

しかし、紹介した本のほうには、砂糖の食べ方が書かれている。うまく活用すれば、甘いとはどういうことなのか、砂糖はどれほど甘いのか、知ることが出来るかもしれない。

トラックバック - http://iwake.g.hatena.ne.jp/IWAKE/20070319